麻薬向精神薬原料の届出|業務届・輸入届が必要な物質と濃度・数量
※本記事は執筆当時の情報に基づきます。法改正等により現在の内容と異なる場合がありますので、実際の運用にあたっては必ず最新の法令をご確認ください。
トルエン・アセトン・メチルエチルケトン・塩酸・硫酸。化学メーカーや試薬商社が日常的に扱うこれらの溶媒・試薬は、麻薬及び向精神薬取締法で「麻薬向精神薬原料」に指定されています。輸入・輸出を業として行うなら、事前の業務届が必要です。
麻薬向精神薬原料は、麻薬や向精神薬の不正な製造に使われうる化学品です。国連の条約に基づいて国際的に規制されており、日本では届出と記録の義務で流通を把握する仕組みになっています。許可や登録の制度ではなく、届け出たうえで取引の記録を残す仕組みです。
元化学メーカー研究員として、有機合成の現場でこれらの溶媒・試薬を扱ってきた立場から、自社の物質が対象になるか、何をどこへ届け出るかを整理します。
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麻薬向精神薬原料とは|34物質と特定麻薬向精神薬原料
麻薬向精神薬原料は、法の別表第四に掲げる物です(法第2条第1項第7号)。別表第四に8物質があり、ほかに「麻薬、麻薬原料植物、向精神薬、麻薬向精神薬原料等を指定する政令」第5条が26物質を指定しています。厚生労働省の手引きは、あわせて34物質と案内しています。
このうち26物質は、施行令第1条で特定麻薬向精神薬原料に指定されています。特定麻薬向精神薬原料は、輸入・輸出のたびに届出が要るなど、ほかの原料より手続きが重くなります。
特定麻薬向精神薬原料以外の8物質
身近な溶媒・酸が多いのがこのグループです。表の「濃度」以下の物は、届出と記録の規定が適用されません(後述)。
| 物質 | 対象になる濃度 | 業として扱わない輸入・輸出で届出が要る量 |
|---|---|---|
| アセトン | 50%を超える | アセトン150kgを超える |
| アントラニル酸(塩類を含む) | 50%を超える | アントラニル酸として30kgを超える |
| エチルエーテル | 50%を超える | エチルエーテル140kgを超える |
| 塩酸 | 塩化水素10%を超える | 塩化水素20kgを超える |
| トルエン | 50%を超える | トルエン170kgを超える |
| ピペリジン(塩類を含む) | 50%を超える | ピペリジンとして500gを超える |
| メチルエチルケトン | 50%を超える | メチルエチルケトン160kgを超える |
| 硫酸 | 10%を超える | 硫酸20kgを超える |
濃度は施行規則別表第三、量は施行規則第45条の5の表によります。量は、製品の重さではなく、含まれる物質の量で数えます。
特定麻薬向精神薬原料の26物質
特定麻薬向精神薬原料には、無水酢酸・過マンガン酸カリウムのような汎用品と、医薬品の合成中間体に近い化合物が並んでいます。
| 物質 | 対象になる濃度 | 業として扱わない輸入・輸出で届出が要る量 |
|---|---|---|
| 無水酢酸 | 50%を超える | 無水酢酸210kgを超える |
| 過マンガン酸カリウム | 10%を超える | 過マンガン酸カリウム55kgを超える |
| N-アセチルアントラニル酸(塩類を含む) | 50%を超える | N-アセチルアントラニル酸として40kgを超える |
| サフロール | 50%を超える | サフロール4kgを超える |
| イソサフロール | 50%を超える | イソサフロール4kgを超える |
| ピペロナール | 50%を超える | ピペロナール4kgを超える |
| 3,4-メチレンジオキシフェニル-2-プロパノン | 50%を超える | 同物質4kgを超える |
| エルゴタミン(塩類を含む) | 50%を超える | エルゴタミンとして20gを超える |
| エルゴメトリン(塩類を含む) | 50%を超える | エルゴメトリンとして10gを超える |
| リゼルギン酸(塩類を含む) | 50%を超える | リゼルギン酸として10gを超える |
| 残りの16物質(4-アニリノピペリジン、ピペリジン-4-オン、2-メチル-3-(3,4-メチレンジオキシフェニル)オキシラン-2-カルボン酸とそのエステル類など。いずれも塩類を含む) | 50%を超える | 量の定めなし(少量でも届出) |
量の定めがない16物質は、業として扱わない1回限りの輸入でも、量にかかわらず届出が要ります(法第50条の31ただし書の量が、施行規則第45条の5に定められていないため)。研究用の少量の試薬でも、名前を確かめておくことを推奨します。
濃度が低い物は届出と記録の対象から外れる
施行規則別表第三に掲げる物には、業務届から記録までの規定(法第50条の27〜第50条の35)が適用されません(法第50条の36・施行令第8条の4・施行規則第45条の8)。
- 塩酸(塩化水素)・過マンガン酸カリウム・硫酸は10%以下の物
- それ以外の物質は50%以下の物
- アセチレンを充てんした容器の多孔質物にしみ込ませたアセトン
- 放射性物質を含有する物
つまり、希釈品・調合品は、含有率が境目を超えるかどうかで扱いが決まります。たとえば35%の塩酸は塩化水素が10%を超えるので対象です。トルエンを40%含む塗料用の調合品は、50%以下なので対象外になります。
バッテリーに使われている硫酸も、平成18年6月27日付けの通知(薬食監麻発第0627001号)で届出の対象外とされています(厚生労働省の手引き)。ただし、バッテリーに入れる予定でも、まだ使われていない硫酸を輸入・輸出する場合は届出が必要です。
業務届が必要な事業者|輸入・輸出・製造・販売の立場ごとの違い
麻薬向精神薬原料の届出は、物質を「業として」扱うかどうかと、輸入・輸出・製造・販売のどの立場かで決まります。厚生労働省の手引きは、業とする場合を「反復継続して輸入(輸出)をする場合」と説明しています。
| 立場 | 対象の物質 | 必要な届出 | 提出先 |
|---|---|---|---|
| 輸入を業とする(麻薬等原料輸入業者) | 34物質すべて | 業務届(あらかじめ)。特定麻薬向精神薬原料は輸入の都度の届出も | 地方厚生局長(窓口は麻薬取締部) |
| 輸出を業とする(麻薬等原料輸出業者) | 34物質すべて | 業務届(あらかじめ)。特定麻薬向精神薬原料は輸出の都度の届出も | 地方厚生局長(窓口は麻薬取締部) |
| 特定麻薬向精神薬原料の製造・小分けを業とする | 特定の26物質 | 業務届(あらかじめ) | 地方厚生局長(窓口は麻薬取締部) |
| 特定麻薬向精神薬原料の販売を業とする | 特定の26物質 | 業務届(あらかじめ) | 都道府県知事 |
| 業として扱わない者の輸入・輸出 | 34物質すべて | 規則の量を超えるとき、その都度の届出 | 地方厚生局長(窓口は麻薬取締部) |
業務届の根拠は法第50条の27、提出先は施行規則第45条の2第2項です。輸入の都度の届出は法第50条の29、輸出は法第50条の30、業としない者の輸入・輸出は法第50条の31・第50条の32が定めています。
トルエンや硫酸のような特定麻薬向精神薬原料以外の物質を、国内で製造・販売するだけなら、業務届は要りません。ただし、製造・販売する事業者にも、後述する事故届と疑わしい取引の届出の義務があります(法第50条の33)。なお、条文上、業務届の対象には、購入した原料を自社で使うだけの事業者は挙がっていません。
トルエンは消防法の危険物として管理しています。麻薬の原料の手続きまでは関係ないですよね?
濃度が50%を超えるトルエンは、麻薬向精神薬原料に当たります。海外から繰り返し輸入するなら、輸入を始める前に業務届が必要です。
国内の商社から仕入れて、自社の工場で使っている分はどうですか?
購入して自社で使うだけなら、業務届の対象には挙がっていません。輸入するのか、国内で仕入れるのかで分かれます。
業務届を出さずに輸入した場合
業務届は「あらかじめ」出す届出です。業務届をせず、または虚偽の届出をした場合は、20万円以下の罰金の対象になります(法第72条第10号)。輸入・輸出の都度の届出、記録、記録の保存の違反は10万円以下の罰金です(法第73条の2)。いずれも法人にも罰金刑が科されます(法第74条)。
厚生労働省の手引きによれば、業務届の受理証明書や、受理印を押した輸入届の副本は、通関の際の証明書になります。輸入の予定が決まったら、届出を先に済ませておく段取りが重要です。
当事務所は、物質名・濃度・輸入の頻度から届出の要否を確認し、業務届から輸入の都度の届出まで、書類の作成と麻薬取締部への提出をお引き受けします。ご相談のときに、品名(SDSの成分)と年間の輸入回数・数量を伺えれば、どの届出がいつ要るかをお伝えできます。
業務届の出し方と受理証明書の更新
業務届は、業務所(麻薬等原料営業所)ごとに出します。輸入と輸出の両方を業とする場合は、それぞれ別の届出です。
提出先は業務所を管轄する麻薬取締部
業務届・変更届・廃止届は、業務所を管轄する地方厚生(支)局長あてに出し、窓口は各局の麻薬取締部です。大阪府・京都府・兵庫県などの業務所は、近畿厚生局麻薬取締部(大阪市中央区大手前4-1-76 大阪合同庁舎第4号館)が窓口です。
- 様式:別記第37号様式(施行規則第45条の2第2項)。品名欄には商品名ではなく化学名を書く
- 部数:届出書の正本2部と、3か月以内に発行された登記簿謄本(またはその写し)1部
- 方法:麻薬取締部の窓口へ持参するか郵送。郵送するときは簡易書留以上の返信用封筒を同封する
- 受理証明書:受理後おおむね1週間〜10日で交付。4月〜6月は時間がかかることがある
- 押印:不要
様式と記載例は、厚生労働省の麻薬向精神薬原料の届出用紙のページにあります。特定麻薬向精神薬原料の販売(卸小売)の業務届は都道府県知事あてで、大阪府では特定麻薬等原料卸小売業者関係のページに様式があります(手数料は無料)。
受理証明書は5年ごとに更新する
特定麻薬向精神薬原料以外の原料を輸入・輸出する業者には、麻薬取締部長名の業務届受理証明書が交付されます。有効期限は、業務届から5年を経過した日の属する年の6月30日です(厚生労働省の手引き)。
続けて業務を行う場合は、有効期限の年の5月1日から6月20日までに更新(受理証明願)の手続きをします(近畿厚生局「麻薬等原料輸入(輸出)業者として業務届後の手続きについて」)。期限を過ぎてからの更新には、理由書の提出を求められます。
変更届と廃止届
届け出た事項を変えるときは、変更の届出をします(法第50条の27後段)。手引きでは、営業所の名称の変更、取り扱う品名の追加・削除、本店所在地の変更、社名の変更が例に挙がっています。代表者や担当者が替わっただけなら届出は要りません。
営業所が移転するときは、変更届ではなく、移転前の廃止届と移転後の新規の業務届になります。業務を廃止したときは、30日以内に廃止届を出し、受理証明書の原本と業務届の副本を返します(法第50条の28第1項・施行規則第45条の3)。
輸入・輸出の都度の届出
特定麻薬向精神薬原料を業として輸入・輸出するときは、業務届に加えて、輸入・輸出のたびに届出が要ります(法第50条の29・第50条の30)。業として扱わない者が規則の量を超えて輸入・輸出するときも、同じ様式で届け出ます(法第50条の31・第50条の32)。
届出書に書く主な事項は次のとおりです。
- 品名と数量
- 輸出者(輸入のとき)または輸入者(輸出のとき)の氏名・名称と住所
- 輸入・輸出の期間
- 仕向地(輸出のとき)
様式は別記第39号様式で(施行規則第45条の4)、正本2部を麻薬取締部へ出します。受理印を押した副本が返されるので、通関の際の証明書として使います。
届出の後に続く義務|記録・事故届・疑わしい取引届
業務届を出した後も、記録と報告の義務が続きます。立入検査で記録や保管場所の確認を受けることもあります(法第50条の38第2項)。
- 輸入・輸出・製造・小分け・譲渡し・譲受けをした品名・数量・年月日と、相手方の氏名・名称・住所を記録する(法第50条の34第1項。業務届の対象の事業者)
- 帳簿・カード・伝票のどれでもよく、伝票で記録するときは麻薬向精神薬原料の伝票だけをつづる(厚生労働省の手引き)
- 記録は記録の日から2年間、営業所に保存する(同条第2項)
- 盗難・所在不明などの事故が起きたら、速やかに事故届を出す(法第50条の33第1項・別記第40号様式)
- 届出が要るのは施行規則第45条の6の量を超える事故。量の定めがない物質は量にかかわらず届け出る
- 不正な製造に関わる疑いのある注文を受けたら、速やかに疑わしい取引の届出をする(法第50条の33第2項・別記第41号様式)
- 輸出するときは、品名・数量を偽って表示しない(法第50条の35)
事故届と疑わしい取引の届出は、業務届の要らない国内の製造・販売の事業者にも義務があります。届け先は、輸入・輸出・製造の事業者は地方厚生局長、販売の事業者は都道府県知事です(施行規則第45条の6第2項・第45条の7第3項)。
疑わしい取引に当たる場面
施行規則第45条の7第1項は、疑わしい取引に当たる場合として次の4つを挙げています。
- 注文者の氏名・住所・事業内容が偽りと思われる
- 入手の目的が、注文者の事業内容と合わない
- 支払方法や運搬方法が、通常の取引慣行に反する
- そのほか、麻薬・向精神薬の不正な製造に関係すると考える合理的な理由がある
具体的な場面として、中国四国厚生局は、新規の取引でのトン単位の大量注文や、搬送先が稼働していない会社の倉庫・個人宅の庭先だった場合を挙げ、麻薬取締部へ電話するよう案内しています。受注の窓口になる営業担当者にも、こうした場面を共有しておくことを推奨します。
ほかの法令との関係
麻薬向精神薬原料の届出は、ほかの法令の手続きとは別に必要です。同じ物質でも、法令ごとに目的と手続きが違います。
トルエン・アセトンなどの引火性の溶剤は、量によって消防法の危険物の手続きがかかります。既存化学物質名簿にない新しい物質を輸入するなら、化審法の届出も別に必要です。


覚醒剤の原料になる物質(エフェドリン・フェニル酢酸など)は、麻薬及び向精神薬取締法ではなく、覚醒剤取締法の「覚醒剤原料」として指定・許可の制度で規制されています。

なお、輸出貿易管理(外為法の該非判定・輸出許可)と、税関への輸入申告そのものは、当事務所の業務の範囲に含めていません。
よくある質問
届出の要否でご質問の多い点をまとめます。
商社を通して麻薬向精神薬原料を輸入する場合、業務届を出すのは誰ですか。
業務届が要るのは、輸入を業とする者です(法第2条第1項第37号・第50条の27)。厚生労働省の手引きは、輸入業者の営業所を「通常インボイスの宛先となっている所」と説明し、通関業者は記載の必要がないとしています。誰が輸入者になる契約かで分かれるため、取引の形を確かめてから届出の主体を決めることを推奨します。
研究用に海外から試薬を1回だけ輸入する場合も、麻薬向精神薬原料の輸入届は必要ですか。
業として輸入しない場合は、施行規則第45条の5の量を超えるときだけ、その都度の届出が要ります(法第50条の31)。たとえばアセトンは150kg、無水酢酸は210kgが境目です。ただし、量の定めがない16物質は、少量でも届出が要ります。濃度が施行規則別表第三の値以下なら、届出は要りません。
塩酸を含む洗浄剤を輸入しています。濃度によっては麻薬向精神薬原料に当たりませんか。
塩酸は、塩化水素が10%を超える物が対象です(施行規則別表第三)。10%以下の製品には、業務届・輸入届・記録の規定が適用されません。製品のSDSで塩化水素の含有率を確かめます。幅で書かれている場合は、製品によって10%を超えるものがありうるため、上限の値で判断することになると考えられます(施行規則別表第三)。
業務届受理証明書の有効期限が切れていました。どうすればよいですか。
更新の手続きは、有効期限の年の5月1日から6月20日までに行います(近畿厚生局の案内)。期限を過ぎてから更新する場合は、受理証明願と登記簿謄本などに加えて、理由書の提出を求められます。通関の予定がある場合は、先に麻薬取締部へ相談することを推奨します。
当事務所の強み:化学の知見で原料の該当性から届出まで
麻薬向精神薬原料の届出は、当事務所が物質の該当性の確認から書類の作成・提出までお引き受けします。
届出の要否は、物質名だけでなく、濃度・数量・業として扱うかで変わります。SDSの成分表を読み、境目にかかる製品を見分けるところに化学の知見が生きます。
- 該当性の確認:SDSや製品規格書から、34物質に当たるか、濃度・数量の境目を超えるかを確認します
- 業務届・変更届・廃止届:別記第37号・第38号様式の作成と、近畿厚生局麻薬取締部など管轄の窓口への提出を代理します
- 輸入・輸出の都度の届出:特定麻薬向精神薬原料の輸入届(別記第39号様式)を、輸入の予定に合わせて作成・提出します
- 受理証明書の更新:5年ごとの更新の時期を管理し、受理証明願を作成します
- 関連法令の整理:消防法の危険物、化審法、毒劇法など、同じ物質にかかるほかの手続きもあわせて確認します
ご相談の際に、品名・濃度と、輸入の頻度・数量を伺えれば、必要な届出と提出の順番をお伝えできます。
